事故から1年が経過した模様です。【左腕腕神経叢引き抜け損傷】

バイク事故

から約一年が経過しました。

去年は事故で入院、今年はコロナ渦中にてゴールデンウィークを過ごしました。
私です。

ブログを書き出して1年あっという間に感じたのはきっとほとんど更新をさぼっていたからでしょう。
今こうしてPCのキーボードを打つ左腕の最近の様子をお伝えしたいと思います。



更新が途絶えていたというのにも理由が(少し)あり、


上記の通りもっぱらYouTubeの方に状況報告の様子をアップしていたということであります。

少しでも活字離れを対策しようという思いも込められていたブログをさぼってしまっていた現実を直視することにして、戒めとして今回の記事を書いている次第です。


腕神経叢損傷の状況について

動画を見ていただくと早いですが、左肘の屈伸運動が可能になりました。
簡単におさらいですが、僕の左腕は

  • 前腕少し
  • 三頭筋
これらは動く状態で、肘の屈伸や肩は全く動かすことが出来ませんでした。
肘と肩の神経の一部は完全に引き抜け、
肩の一部は損傷だったかな?

なので肘に関しては肋間神経(胸の広がりに反応する神経)を移植しています。

そして一年を経て神経が順調に成長することで、無事胸を広げると腕が屈伸するびっくり人間になることが出来たというわけです。


手術したのは8月の頭でしたから、約10ヶ月ということになります。
人体ってすごい。医療ってすごい。

お陰様でYouTubeの方でも励ましやお祝いのお言葉を結構いただきました。
どうもありがとうございます。

しかし私にとって怪我はどうでも良いのです。
私の考えや、ライフモデルが皆さんの人生に何か影響、考えるきっかけになる、
それこそが望みです。



僕は今後、もうちょっと活字に向き合うことにし、考えを綴っていこうと思います。

怪我や障害というのは僕という個体の一つの変化に過ぎません。
嬉しいとか悲しいとか感情の尺度で測らないことにしています。



考えがまとまっていない状態で書き始めるとこのざまです。

今日から精進します。もう2020年半分過ぎました。これからです。。。。。これから。。。。



生暖かく見守ってくださいますよう、お願い申し上げます。。。。。

尿道狭窄症の治療がおわった話 その2 〜手術後から退院〜 バイク事故

こんにちは。

前回は尿道狭窄症の手術を終えて、3日間のベッド上安静が大変だったというところで終わった気がします。

手術した傷が塞がる様にT字帯というふんどし的なものを装着し、且つまたを広げない様に上体をほとんど動かさない状態で三日間を過ごします。

これが地獄。手術したとはいえ結構元気ですから、体も起こせるけどベッド上で45度くらいしか起き上がってはいけないことになっており、食事をするのも一苦労といった具合。


さらに僕は左腕がほとんど効かない状態ですので、うどんなんか出された日は悲惨でした。
自分でも器用に食ったなと思います。
つゆは飲んでません。

夜はまぁまぁ痛いのと、あまり眠くないのコンボに襲われますから、かなり眠気を伴う痛み止めを点滴から入れてもらったと思います。

そんなこんなで三日間のベッド上安静が終わります。

それから傷口のチェックが毎日行われます。
僕の場合傷口が膿んでおり、中のほうまで感染してるといけないから、と言って2本くらい糸を切られ、意図的に傷口を開き中を消毒するという拷問の様なイベントが行われておりました(想像してた様な痛みはない)

なんだか痛ましいイベントが続きましたが、ベッド上安静がおわってからの日々は暇なだけで、一日一日が過ぎていくのをひたすらに待つだけでした。

2週間ほど経って、ついに尿道のカテーテルを外します。

まず外す前にカテーテルの脇から造影剤を入れられます。
尿道の手術したところがつながっているかの確認のためです。

それが済んだらカテーテルを抜きます。
全身麻酔を経験したことがある人なら皆さん経験したであろうあれです。

尿道カテーテルを外すと、次は膀胱ろうから造影剤を入れていきます。
膀胱をパンパンまで膨らませて、意図的に尿意を催させ、排尿の確認をするためです。。。。

この瞬間をレントゲンで撮られます。

約半年ぶりに自分のものを使っておしっこする瞬間を人に見られるというのはなかなか恥ずかしい物でしたが、それよりも喜びが上回るという物です。

この瞬間から晴れて普通におしっこできる様になったわけです。

この後三日間は膀胱ろうを残したまま過ごし、尿道の様子を見ます。

何事もなく終わると思いそうですが、まだあるのです。。。


そう今までは夜も寝たまま勝手にカテーテルから尿が出ていったのですが、
久々に自分でトイレに行かなくてはなりません。
と、それは問題ないのですが、問題は睡眠中です。

そう、お漏らししてしまうのです。。。

膀胱ろうが膀胱に残っている状態ですと、カテーテルが膀胱内で暴れて、膀胱を刺激してしまい、まぁ言ってしまうと常に膀胱炎状態となるわけでして、
三日間はおねしょ気味の31歳でした。

そして三日間が過ぎ、問題なさそうということが確認されると晴れて膀胱ろうを外してもらいます。
半年もの間腹に刺さっていた管が抜かれるのです。
ちなみに麻酔とかそう言ったものは一切なしでズボっと抜かれて終わりです。
膀胱ろうが刺さっていた穴にはガーゼを当てておくくらいで、2、3日で勝手に穴が塞がります。すげぇ

膀胱ろうを抜かれたときの開放感は受験が終わったとき並みに感動したのを覚えています。

そして今では左腕が不自由なこと以外は普通に生活できる様になりました。





は〜しんどかった


以上、尿道狭窄レポートでした。





尿道狭窄症の治療がおわった話 その1 〜入院から手術〜 バイク事故

尿道狭窄症の治療のための入院

尿道再形成術

新年一発目はセンシティブな内容となっています(そうじゃない記事があるのか)
おさらい
  • 事故から約半年経過中
  • 左腕動かない
  • 事故で尿道が潰れて尿が出ない

お久しぶりです。NASOです。
年も明けて2020年。早いもので事故から約半年が過ぎ、予定されていた治療が全てひと段落着きました。

前回の更新から西埼玉中央病院に入院しており、膀胱に刺さっていた管を外すことが出来、左腕が動かないということ以外は日常に戻ったということで、ようやくブログの更新するかと思い立ったところです。

入院中暇なので入院患者用の無線LANを引いて欲しいと切に願う約3週間の入院生活であった。。。

という事で今回は尿道狭窄症の手術内容と入院の時の様子を書きたいと思います。


入院前の検査

※尿道狭窄症は割と症例の少ない病気です(広尾病院の泌尿器科の先生談)
治療できる病院が少ない、または再発率の高い治療を行なっている病院が多い様です。
事前にしっかり調べて病院を選ぶことをお勧めします。大体インターネットで調べると防衛医科大学の先生の記事が出て来ます。今回は僕はその先生を紹介していただき受診することができました。前述の通りこの治療を行なっている病院が少ないため、防衛医大に患者が集まって来ます。今回同じ病室に同じ手術をした高校生がいましたが、彼は福井からこの先生を見つけ出してやって来た様です。

注釈が長い


入院前検査は拷問の様な苦しみでした。笑
  • 腹の穴から狭窄部の内視鏡検査
  • おちんちん(先生がそう云う)の先から狭窄部の内視鏡検査
  • 腹の穴からとおちんちんの先から造影剤を入れての検査(レントゲン技師曰くサンドイッチ)
以上の検査を入院前に行います。麻酔などない

初心から尿道狭窄症と診断されて、腹から膀胱に管(膀胱ろう)を差してそこから排尿できる様にする手術をやった時にも造影の検査はあったのにまたかよ、、と言った感じ。

上記の検査で正確な狭窄部を判定し、手術の場所、方法を決める目的です。

尿道狭窄の手術内容決定

尿道狭窄症は、多くがバイク事故によってなるらしいですが、事故の衝撃でバイクのガソリンタンクを尿道を強打し、尿道が裂傷。自然治癒段階でケロイドの様に幹部が腫れ、腫瘍の様になって尿道が狭くなり(狭窄)排尿が困難、または全くできなくなると言うものです。
僕の場合最終的に水滴が滴る程度にまで出来なくなりました。
ちなみに事故の程度にもよりますが、僕は海綿体にもダメージがあった様です。これは手術とかで治るものではありません。ひどい人は勃起障害などが残ったりする様です。

さて、それでは今回の手術内容というのは狭窄部切除という事になりました。
狭窄部の場所にもよりますが、大体の場合肛門と睾丸の間をメスで切開し、尿道を引っ張り出して狭くなっている部分を切り取って繋いで縫う、という聞けば単純な手術です。
この手術をやる様になったのが割と最近らしく、多くの病院ではブジーという金属製の管を尿道に差し込んで狭窄部を無理やり広げる、という対処療法的な手術が多いらしく、これでは術後の再発率が高いという事でした。

ちなみに狭窄部が大きい場合、切り取ってつなげるだけでは尿道の長さが短くなりすぎるという事で、口内を切り取って尿道の狭窄部に移植する、という手術になるケースもある様です。

入院前の検査が終わり手術日も決定しますが、この時点で事故から5ヶ月ほど経過しています。
最初に書いた通りこの手術をやっている病院が少ない(というか他にやってるところがあるのか不明)のため、順番待ちが非常に長いです!
事故の規模や怪我の状態によるのですが、僕の場合は初心が広尾病院、そこから防衛医大に転院して検査、手術は西埼玉中央病院でやるという事でまた転院になりました。
西埼玉中央病院には防衛医大の先生のお弟子さんがいるらしく、手術の内容が簡単な場合はこっちでやるらしいです。(お弟子さんと言っても大学で数百の手術を経験しているそう)
単純と言いましたが、単純じゃないケースというのは骨盤がぐしゃぐしゃになって、いろいろ大変な場合。と話してくれました。
僕は今回の事故で大変な目に遭った気でいましたが、上には上がいるそうです。


入院と手術

入院したのが今年(2020年1月3日)、手術は6日となりました。
手術の確か1週間前から抗生物質の投与が始まります。(入院後は点滴だった気がする)

手術は時間にして3時間程度。
僕は麻酔からの覚醒が悪く、左腕の手術の時は二日間息苦しさでのたうちまわっていたのですが、今回の手術ではそんなこともなく、術後病室に戻って来て呼吸器をつけたまま自撮りをTwitterにアップできる程度には元気でした。

術後三日間はベッド上安静。T字帯というふんどしみたいな包帯を巻いて切開部を圧迫し止血に努めます。これがめちゃくちゃしんどい。
頭は元気なのにほとんど身動きできないので暇で大変です。

とはいえひと段落という事で一安心。




疲れたので一旦ここまで

事故から1年が経過した模様です。【左腕腕神経叢引き抜け損傷】

バイク事故 から約一年が経過しました。 去年は事故で入院、今年はコロナ渦中にてゴールデンウィークを過ごしました。 私です。 ブログを書き出して1年あっという間に感じたのはきっとほとんど更新をさぼっていたからでしょう。 今こうしてPCのキーボードを打つ左腕の最近の様...